北村騎手の失言がキタサンブラック陣営の耳に入って怒りを買ってしまったとされています。

キタサンブラックの乗り換え

キタサンブラックの主戦騎手は武豊でしたが、もともとは北村宏司騎手が務めていて、最初のG1制覇になった2015年菊花賞も鞍上は北村宏司でした。

 

しかし、北村宏司騎手は怪我の影響もあり、その間に武豊騎手が主戦騎手の座を手に入れます。
それでもキタサンブラックの中でキャリアの中で、最高の騎乗でG1初勝利を手に入れた北村宏司騎手がその後、キタサンブラックに乗らなかったのは不自然です。

 

怪我の間に武豊騎手の活躍を目にして嫉妬から放った一つの発言が馬主や調教師の怒りをかって、その後は騎乗依頼をもらえなくなってしまいます。

 

 

武豊は当初は代打だった

距離適性に問題があるとされていた中で勝利した菊花賞の騎乗は高く評価されていて、あのレースは武豊だったら勝てなかったと言われています。陣営も菊花賞の勝利で北村騎手を高く評価しましたが、その後に怪我をしてしまい、その年の有馬記念は横山典弘騎手に乗り替わりをします。

 

翌春の春のG1を目指して産経大阪杯から始動する際も当初は主戦騎手の北村騎手に騎乗依頼する予定でした。
しかし、怪我からの復帰が遅れて北村騎手から間に合わない可能性が高いという申し入れを受けて、しょうがなく代打で武豊騎手に依頼することになります。

 

ここまでは、特に問題ないのですが、結果的に北村騎手は産経大阪杯の前日に復帰してしまい、キタサンブラックの陣営も微妙な捉え方をしてしまいます。

 

産経大阪杯では休み明けで馬体が仕上がっていない中で、5番人気から2着に入る好走を見せますが、それでも天皇賞・春は北村で行く予定だったとされています。

 

騎手の画像

その後、北村騎手がテレビ番組で「キタサンブラックを強いと思ったことは一度もない」と発言。
これをエージェントを通じてキタサンブラック陣営の耳に入って怒りを買ってしまったとされています。

 

結局、天皇賞・春は武豊騎手が騎乗してG1競走2勝目を挙げます。
距離に問題があり、北村騎手でないとスタミナが持たないと言われていた中で武豊騎手が結果を出したのも大きく、結局その後はキタサンブラックの鞍上は一度も譲ることはありませんでした。

 

 

もし北村宏司が主戦騎手だったら

怪我さえしていなければ、主戦騎手の座を譲ることもなく、おそらくテレビ番組での失言もなかったでしょう。
キタサンブラックはその後歴代賞金王と歴代最多タイのG1で7勝を挙げる実績を残します。
もし武豊に主戦騎手を譲ることがなければ、ここまでの成績を残せたかは微妙かもしれません。

 

しかし、血統的には注目度の低い馬だったので北村騎手が乗らなければ菊花賞を勝つこともなく、もしかしたら他の騎手が乗って成長を遮られていたかもしれません。
キタサンブラックが歴代最高の結果を残せたのは、北村騎手から武豊に最高のタイミングでバトンタッチできたからとも言われています。