藤沢和雄調教師は1995年から2009年までの間に11度のJRA賞最多勝利調教師賞を獲得しています。

師匠・藤沢和雄調教師

北村騎手は競馬免許を取得してから藤沢厩舎に所属していました。
現在はフリーに転身していますが、現在も関係は良好で多くの騎乗依頼を得ているとともに、藤沢和雄調教師を師匠として慕っています。

 

藤沢和雄調教師は1995年から2009年までの間、11度のJRA賞最多勝利調教師賞を獲得していて、北村宏司騎手が在籍した当時も黄金期の真っ只中でした。
JRA賞最多勝利新人騎手し翌年には重賞4勝できたのは、当時全盛期だった藤沢厩舎に在籍できたことも大きかったでしょう。

 

 

騎乗スタイルは藤沢和雄調教師による教え

藤沢和雄調教師といえば、馬に無理をさせずに大事に育てることで有名です。
北村宏司騎手も同様に馬に無理をさせない安全運転を得意にしていて、藤沢和雄の方針と共通しています。
現在も多くの騎乗依頼を得て良好な関係を続けているのは、師匠からの教えを忠実に守っていたからでしょう。
北村宏司騎手は性格が良いことでも有名で、素直に周りの指導を聞き入れる特徴もあります。(参照:北村宏司騎手の人柄)
もし、藤沢厩舎に所属して恩師との出会いがなければ、北村宏司騎手の騎乗スタイルは大きく変わっていたかもしれません。

 

 

藤沢厩舎はクラシック未勝利

11度のJRA賞最多勝利調教師賞を獲得した実績がありますが、馬の育成に強いもののクラシックでの勝利がないことでも有名です。
まだ馬体の仕上がっていない3歳の時点では無理をさせない方針が影響していると言われています。
愛弟子の北村宏司騎手は2015年に他の厩舎に所属しているキタサンブラック(清水厩舎)にてクラシック制覇を達成しています。

 

 

クラシックに興味ない訳ではない

レースのスタートイメージ

クラシックはJRAの中でも名誉の高いレースで、特に日本ダービー馬を育てるのは、その国の首相になるより難しいとも言われています。藤沢和雄調教師も、馬を大事に育てることを最優先にしつつも、クラシックを度外視しているワケではありません。

 

象徴する出来事は、2002年にシンボリクリスエスの乗り替わりに起こった武豊氏の発言による長期間の対立です。これまでも何度も対立をして長期間騎乗依頼をしないケースがあった両者ですが、そのひとつに2002年青葉賞後の武豊氏の発言が有名です。

 

当時シンボリクリスエスはダービーを狙える有力馬として注目されていて、主戦騎手は岡部幸雄でした。
ダービーの前哨戦にあたる青葉賞では岡部騎手が乗れない都合で代打として武豊騎手が騎乗し快勝しています。
武豊騎手はダービーでは、1番人気のタニノギムレットに騎乗することが決まっている代打の存在ですが、シンボリクリスエスに乗った後に「いい馬ですね。秋にはG1も勝てるくらいになれる素材です」と発言しました。

 

藤沢和雄調教師はシンボリクリスエスにて本気でダービーを狙っていて、武豊の発言は春ではタニノギムレットの敵ではないと言われたようなもので激怒したと言われています。

 

結果的にはシンボリクリスエスはダービーで2着(優勝はタニノギムレット)、秋になって距離の関係でクラシックではなく天皇賞・秋に進んでG1初勝利をすることになります。

 

シンボリクリスエス以降はしばらく武豊への騎乗依頼はなくなり、その後、何年か1回に和解するが、すぐに対立することを繰り返しています。