ダンスインザムードは2006年度JRA賞最優秀4歳以上牝馬に選ばれています。

ダンスインザムード

 

ダンスインザムードは北村宏司騎手が師匠の藤沢調教師と協力して復活のG1勝利を挙げた歴史を持っています。
北村騎手が初騎乗したのは最後の勝利だった桜花賞から1年半ほど経過した頃で、乗り替わり直後も結果は出せずに世間からはピークを過ぎた馬という印象が根付いていました。
しかし、藤沢調教師と北村騎手は衰えは少なく古馬になっても高いポテンシャルを持っていたことを評価していて、必然の中で生まれた復活劇だったのです。

 

 

ダンスインザムードの主なキャリア

ダンスインザムード

2歳12月にCペリエ騎手騎乗でデビューして初勝利。その後は若竹賞で岡部騎手、フラワーSからは武豊騎手が騎乗し、無傷の4連勝で牝馬クラシック初戦の桜花賞を制します。
3冠の期待も寄せられるほど高いポテンシャルを評価されていて、オークスでは単勝1.4倍の人気を集めますが4着に惨敗。
その後はアメリカンオークス、秋華賞でともに武豊騎手とのコンビで1番人気の中で出走しますが決め手に欠けて惨敗し長いトンネルに入ってしまいます。

 

北村宏司騎手が初騎乗したのは4歳10月の府中牝馬S。10連敗中の中で2番人気に支持されますが結果は8着。
天皇賞・秋では13番人気の中で3着に善戦し復調すると、翌年の第1回ヴィクトリアマイルで復活のG1勝利を挙げます。
秋のマイルチャンピオンズシップでは再び武豊騎手に乗り替わり2着。年末の香港カップ(12着)で引退しました。

 

 

裏情報と呼ばれた天皇賞・秋の3着

2005年の天皇賞秋

北村騎手への乗り替わりになった2戦目の天皇賞・秋では11連敗中の戦歴と前走で8着に大敗したことから13番人気となっていました。
しかし、叩き2戦目の中で見違えるような前進を遂げていて、天皇賞では出走前から勝機を感じていたそうです。
レース後には藤沢調教師から「仕掛けるのが早かった」と勝てたかもしれないレースに対して騎手の手腕に注文をつけ、北村騎手も素直に非を認めたエピソードを持っています。

 

つまり天皇賞・秋の3着は人気薄から善戦した3着ではなく勝利を逃しながらも必然的に上位入賞を果たしたレースだったのです。
2005年の天皇賞・秋は14番人気のヘヴンリーロマンスが1着。1番人気だったゼンノロブロイは2着沈み、13番人気のダンスインザムードが3着に入ったことで、3連単は122.6万馬券、3連複は14.1万馬券になりました。
一部でダンスインザムードが勝ち負けできる裏情報を仕入れていた競馬情報サイトでは、人気薄を理由に幅広い購入点数を広げて、ダンスインザムードを軸にした中で高額馬券を的中させたと言われています。

 

 

騎手の手腕が光ったヴィクトリアマイル

 

2番人気に支持されていましたが、ダンスインザムードは騎手の言うことを聞かない一面を持っていて陣営も不安材料を持っていました。
北村騎手はあえて本馬場入場を最後に行い、ゆったりと返し馬を行い、騎手の指示通りの場所で常歩を踏ませることを試みて成功しました。
この時点で北村騎手は勝利を確信したといわれています。

 

レースでは騎手の指示に忠実に従って文句のつけようがない競馬で快勝します。
北村騎手としても自身初のG1勝利になりましたが、過去の努力や師匠の藤沢調教師とともに馬の実力を認めて信じ続けたことによって手に入れた復活のG1勝利でした。